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今月のみ言葉

「ペトロに告げなさい」 

 マルコによる福音書16章1−8節

 

 マルコによる福音書16章1−8節には、イエスの復活を告げる出来事が記されています。
 イエスは十字架に架けられ亡くなられた後、アリマタヤという町出身のヨセフという人の手によって墓に葬られました。

 その時マグダラのマリアとヨセの母マリアがイエスの葬られるところを見ていました。そして彼女たちは日曜日の早朝、イエスの墓に行きました。
 すると墓の入り口を塞いでいた大きな石が動かされていました。そこで女性たちが、不思議に思いながら墓の中に入ってみると、「白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。」というのです。

 この女性たちの反応はよくわかるように思います。薄暗い墓の中に入ってみると、ボワッとして、白い衣をきた人がいるわけです。出るものが出たといった感じですよね。
 婦人たちが大層、肝(きも)を潰(つぶ)したというのは、当然の反応だったのではないかと思うのです。

 すると、墓の中にいた若者が女性たちにこう告げます。
 驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。
 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。
 『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』

 こうして女性たちは、天の使いを通して、神からのメッセージを聞かされるのです。この天の使いが語るメッセージが、イエスの復活のなんであるかを告げる重要な言葉になっています。

 天の使いはまず「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。」と言っています。
 ここには弟子たちの他にわざわざペトロの名前があげられています。なぜペトロの名前だけが出てくるのでしょう。それはペトロがかつて三度イエスを否んだという出来事と関連しているのではないかと思うのです。

 ペトロはイエスが十字架にかけられようとするとき、自己保身のためにイエスとの関わりを徹底して否認してしまいました。その出来事が、ここにペトロの名前があげられている理由の一つなのではないかと思うのです。

 イエスとの関わりを否み、否定したペトロ。イエスとの関わりということでいえば、そこでペトロは挫折(ざせつ)してしまったのです。打ち倒されてしまったのです。

 このペトロの名前をわざわざ出して、「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」というメッセージが与えられる。それはペトロへの赦(ゆる)しを含んだメッセージとして語られたものではなかったかと思うのです。

 復活されたイエスは、打ち倒されたペトロを赦(ゆる)し、ペトロと出会ってくださる。そしてペトロを起き上がらせてくださるというのです。 
 復活のイエスとの出会い、それはイエスとの関わりの中に生きようとする人に、赦(ゆる)しと支えと立ち上がらせる力を与えるものであるということが語られているのではないでしょうか。それが、天の使いのメッセージの核心として現されているのではないでしょうか。

 こうした復活のイエスとの出会い、それはペトロのみならず、イエスを主と信じるわたしたちにも与えられるのです。

 たとえわたしたちがイエスから離れそうになったときも、わたしはあなたから離れない。あなたの前に先立ち行き、あなたを支えると言われるイエス。

 また、わたしたちが何事か挫折(ざせつ)するようなことがあり、打ち倒されてしまいそうなことが起こるときも、わたしたちの傍らにいて、わたしたちを引き起こし、立ち上がらせてくださるイエス。

 
 このイエスとの出会い。それが復活されたイエスと出会うということの一つなのではないかと思うのです。

 イエスは復活された。そして今も生きて働き、わたしたちと出会って下さっているのです。わたしたちのガリラヤ、わたしたちの生活の中で復活のイエスと出会うことができるのです。

 「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお目にかかれる。」
 このメッセージは、イースターを迎えたわたしたちへのメッセージです。

 

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