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今月のみ言葉

「イエスに従う」 

 マルコによる福音書1章16−20節

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 マルコによる福音書1章16-20節に、イエスが四人の漁師を弟子とするためにお招きになられたという出来事が記されています。

 イエスは、ガリラヤ湖という湖のほとりを歩いておられました。すると湖で投網漁をしていた二人の兄弟を見られました。ペトロとアンデレという二人の兄弟です。
 そして、イエスはこの二人に声をかけられました。「わたしについてきなさい」と。するとペトロとアンデレさんは持っていた網を捨ててイエス様について行きました。

 また、イエスはペトロとアンデレと一緒にガリラヤ湖のほとりを歩いていると、湖の岸辺で魚をとる網の手入れをしている二人の兄弟を見られました。ゼベダイという人の息子のヤコブとヨハネの兄弟です。
 そこで、この二人にも「わたしについてきなさい」と声をかけられました。するとヤコブとヨハネは、手入れをしていた網を捨て、舟とお父さんを残して、イエスについて行ったのです。

 こうして、四人の漁師はイエスについて行き、イエスのお弟子となりました。イエスは、四人の漁師を、見て、呼びかけられたのです。四人はその呼びかけに応えてイエスの弟子となって、イエスとの交わりに生きる人となりました。

 ここに、イエスとの交わりに生きようとする人々とイエスとが繋がるための順序が表されているのではないかと思います。イエスとの交わりは、まずイエスがわたしたちを見ていてくださっているというところから始まっています。

イエスは、わたしたちのことを見ていてくださっているのです、そしてわたしたちのことをよく知っていてくださっているのです。

 ところで、教会学校などでこどもたちと遊んでいるとよく聞く言葉があります。それは「ねえ、見てて」という言葉です。ボール投げるから見てて、鉄棒するから見ててというのです。

 わたしのことを見てて、わたしのことを覚えていて、ということなのではないかと思います。このように、わたしのことを知っていてほしいということは、こどもたちに限らず、多くの人が持っている願いの一つなのではないかと思ったりします。

 イエスは、わたしを見ていてくださっているのです。飾ることのないそのままのわたしを見ていてくださっているのです。
 そして、呼びかけてくださっているのです。わたしはあなたを知っている。わたしのところにきなさいと。そこにイエスとの交わりが生まれてくるのです。


 このイエスとの交わりの中で、わたしは一人ではないということに気付かされるのです。苦しい時も悲しい時も嬉しい時も、イエス様はわたしのことを知っていてくださっている。イエスがわたしのことを見ていてくださっている。この喜びのうちに生かされて行きたいと思います。

 2026年がはじまりましたが、この年にどのような出来事が起こるかわたしたちにはわかりませんけれども、この一年もわたしのことを知っていてくださって、よい導きを与えてくださるイエスとの交わりの中で歩んで行きたいと願います。
 

 
 

 


 

 

 


 

 

 

 

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