top of page

 

今月のみ言葉

「あなたはわたしの愛する子」 

 マルコによる福音書 1章9−11節

 マルコによる福音書1章9−11節にイエスの受洗という出来事が物語られています。
 「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
 水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
 すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」

 ここではわずか三節の中にイエス受洗の出来事がまとめられています。だからといって、軽く語られているということではありません。わずか三節で語られている出来事ですが、その物語はマルコによる福音書全体で語ろうとしている福音のテーマの一つを示しています。

 はじめに「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。」という言葉が記されています。
 イエスは洗礼者ヨハネから悔い改めを促す洗礼を受けられました。ただそれは、イエスもまたわたしたち人間と同じように悔い改めを必要としていたからではありません。
 そうではなく、悔い改めを必要としているわたしたち人間の仲間になってくださろうとしていることを語っているのではないかと思うのです。

 イエスは真の人となって、わたしたちの仲間となり、わたしたちの傍に身を置きつつ、思いやりのうちに、わたしたちとの交わりを持とうとされているということなのではないかと思うのです。
 イエスは洗礼を受けられることによって、わたしたちと連帯してくださっていることを表されたのです。わたしたちと共に真の人間あることを分かち合ってくださっているということをこの物語が語っているのです。

 次いで、イエスが洗礼を受けられると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という神からの声が聞こえたというのです。
 そこではまず、「わたしの愛する子」という言葉が聞かされます。さらに「わたしの心に適う者」という言葉を聞かされています。
 ちなみに、この「わたしの心に適う者」という言葉を別の翻訳にすると「わたしは、お前を喜んだ」という言葉になるのだそうです。「わたしは、お前を喜んだ」それは、神がイエスの存在を喜び愛でておられるということです。

 このようにイエス受洗の出来事は、まず、イエスがわたしたちと共にいてくださっていること、わたしたち人間仲間となってくださっているということを語っています。
 次いで、あなたもまた神からその愛を一心に注がれている人なんだよ。あなたが今こうして生きていることを神は喜んでくださっているんだよ。とわたしたちに伝えているのではないかと思わされます。


 イエスが洗礼を受けた時に聞かされた言葉は、またわたしたちへのメッセージでもあるということでしょう。このようにイエス受洗の出来事は、わずか三節の中に収められていますけれども、マルコによる福音書全体の中心的メッセージのひとつを示しているのではないかと思うのです。

 マルコが語るイエスの生涯を聞いて「あなたはわたしの愛する子、わたしはお前を喜んだ」という言葉を受け取るように。それがマルコによる福音書が与えようとしているメッセージの一つなのだと思います。

 

 
 

 


 

 

 


 

 

 

 

〒279-0042

千葉県浦安市東野

1-4-33

 

ファックス

047-351-1993

bottom of page